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日本の鍛冶屋の歴史
 かつて、日本の各地で槌音を響かせ、文部省唱歌「むらの鍛冶屋」でも親しまれた鍛冶屋ですが、今ではその音を聞くことはほとんどありません。
 鍛冶屋の歴史を紐解いてみると、古代における鍛冶職人は『日本書紀』の「鍛部」(かぬち)に見られます。鋳物師(いもじ)やたたら師とともに「金屋」とも称されていました。古代末期以降は金属加工技術の面から職人内での専業化が進み、12世紀ごろに刀鍛冶、15世紀に農具鍛冶、17世紀に鉄砲鍛冶、それと前後して包丁鍛冶、18世紀に大工道具鍛冶と分化していきました。特に近世以降の鍛冶職人は各地の城下町への集住化が進みました。中世・近世の鍛冶職人は、一部の者は領主の保護と統制の特権的な扱いを受けていたが、大部分の者は一般の顧客を対象に、都市や村落で生産・経営を持続させてきました。
 近代以降は鉄工業に転職する者が多くみられたが、これまでの鍛冶道具や送風装置によって、特定の顧客を対象としつつ、小規模ながら活動を続ける職人もみられます。


亀岡市唯一の鍛冶屋との出会い
katai-san.jpg そんな中、私たちは京都府亀岡市で唯一残っていた農具鍛冶職人に出会いました。その人が片井操さん(80)です。片井さんは、京筏組(保津川筏復活プロジェクト連絡協議会)が目指す筏流しの復活で、筏の組み立てに欠かせない「カン」という金具を再現することになりました。その際、私たちも「カン」製作再現の場に立ち会いました。保津川の筏はこの「カン」を使って丸太を固定し、激流を越えていたといいます。

kan1.png 亀岡市京町の片井鉄工所では保津川の筏流しが途絶える昭和20年代まで、「カン」が造られていたそうです。筏流しと片井さんとの関係はマスコミにも大きく取り上げられ、今までひっそりと鍛冶場を守ってきた片井さんに注目が集まりました。私たちも「カン」製作再現の調査で鍛冶屋の仕事に惹かれ、2009年9月からこれまでに鉈や鎌、ナイフの製作体験をさせていただきました。


鍛冶屋倶楽部とは
 鍛冶屋倶楽部は、2010年4月に京都学園大学人間文化学部歴史民俗学専攻の学生たちによって結成されたクラブです。現在、4回生1名、3回生4名、2回生3名、1回生3名の11人で活動しています。「気の向くままに、のんびりと、笑いながら」を合言葉に、亀岡市唯一の鍛冶屋さんに学び、仕事場の保存・活用を目指しています。主たる活動内容は以下のとおりです。

 (1)鍛冶の技術と職人の生活史の記録(聞き書き、写真、映像)
 (2)鍛冶場の保存・活用(鍛冶体験)
 (3)鍛冶の歴史民俗学的研究(文献調査、フィールドワーク)
 (4)鍛冶屋を通したまちづくり(地元学)


2011年4月 鍛冶屋倶楽部
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2009年
6月~8月 「カン」製作調査(※歴民研活動報告)
9月 鉈づくり
11月 鍵鎌雛づくり(※歴民研活動報告)

2010年
2月 ナイフづくり
4月 鍛冶屋倶楽部結成,ナイフづくり
5月 鎌づくり(※歴民研活動報告)
6月 ナイフづくり
8月 映像作品「感謝一筋~片井さんの鍛冶屋“鉄”学~」第6回ヒューマンドキュメンタリーコンテスト《阿倍野》最優秀賞受賞
9月 「本町づし小路あんどん」にて『感謝一筋~片井さんの鍛冶屋”鉄”学~』上映、「片井操さんの仕事に学ぶ」講演
10月 トークイベント「野鍛冶のすゝめ~その仕事と魅力を追って~」開催
11月 成瀬農機具株式会社訪問

2011年
2月 鍬づくり
4月 鎌づくり
   「亀岡市内の鍛冶屋に関する歴史民俗学的調査研究」開始
5月 岐阜県・白川郷、関鍛冶伝承館フィールドワーク
10月 特別展示会「打鉄」開催

2012年
2月 記録映像制作


2010.05.31 亀岡市民新聞
2010.08.19 京都新聞朝刊丹波版
2010.08.31 京都学園大学ホームページ
2010.09.07 京都新聞朝刊丹波版
2010.10.13 KBS京都「京プラス」
2010.10.28 京都新聞朝刊丹波版


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